■2007年11月28日(水)06:21
だからもしかしたら
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おいらがあの矛盾の外であるのかもしれない、という自意識過剰だったり……
自分が凄く矮小なものである、すぐに死ぬ生き物であるという自覚と共に、 その自分を最大限理解出来る自分が、その自分を世界の中心としてしか認識出来ない以上、 俺様こそ世界って思うこともまた正しいと思ってるんで、 口には出さずにそんなことも思ってみたり……
だから、あれがなぜ面白かったか、っていうのはいつかきちんと聞いてみたいなぁ……と、 まぁ、多分どうしょうもなくくだらない事なのだろうけど……
あと、多分その矛盾を終わらせる可能性と共に、おいら自身がその矛盾の模倣なんだろうとか…… むぅ、これもまたHellSinker.ですな。 これを単なる理屈じゃなく、物語に、おもしろく、不確定なものにしたところに、おいらは惹かれたんでしょう…… 理屈なんていうのはいくら捏ねても、実は退屈で1つの側面しか映せないんですよ。 だから、哲学なんていうのはいつまで経っても多分答えは出ないんです。 だって、理屈だとどんなに頑張っても、というか研ぎ澄まして硬く硬くするほど、 1つの側面から1つの答えしか出せないわけだから…… まぁ、その答えが出ないからこそ哲学は楽しいのですが〜
だから、物語という、1つの収束が作者の中で出来たあとの広がりに変化させたものは面白く多面的で、 それが自分の何かと共鳴すると嬉しいわけなのですよ。 | | |